今日は大きな神社に行って祈祷してもらってきた

今年は本当に嫌なことや悲しいことが続いているから、兄の忌明け後に…ということで予定していたら、その間に愛犬が亡くなってしまったのだけど
ひとつの区切りとして、予定通りにお祈りしてもらった
諸災防除という、もろもろの厄災を払い除けましょうという祈祷

以前ラジオでTBSの安住アナウンサーが、悪い女の人に騙されて厄払いの祈祷をしてもらったときの話をしてたんだけど
私の祈祷に関する知識がその話のみだったのでだいぶ偏っていた
ちなみにこの話はだいぶ面白くて、何年か前の放送だけど未だに印象に残っている

神社仏閣は好きでいろんなところに立ち寄っているけど、神社で祈祷してもらうのって、たぶん小さい頃に親に連れられてとか以外では初めてだ
紙に名前や住所を書いて、しばらく社務所で待つ
すると、昇殿からやってきた宮司さんに導かれて、祈祷の祭事が始まった
最初に榊という植物の枝を手渡された 神様へのお供え物らしい
正座していると、宮司さんや禰宜さんが私の姓名と、祝詞を読み上げた
この者がこの先喜び絶えることなく暮らしていけますように…といったようなことを言って、神様にお願いしてくださっていたように思う
なんていうか、自分の未来のために祈ってもらえるということが、思っていた以上に心強く、嬉しく感じた
祈ってもらうってこんな気持ちになるんだ…と、自分で自分の感覚が新鮮だった
でも日々これと同じことを、いろんな言葉や形で、たくさんの人から貰っているなとも思った
そういうことも改めて実感できたし、静かでとても良い時間だった

全然関係ない話
宮司さんや禰宜さんが、祝詞を読み上げながら神様に頭を下げていらしたんだけど(座礼というらしい)
正座をして床に手はつけていないにもかかわらず、腰からぐぐっと半分に身体を折り曲げて、顔が床につくんじゃないかしらというくらいだった
私も正座して、頭を下げるため何度か同じように身体を折り曲げたんだけど、自分が思っている以上に全然腰から身体を折り曲げることができなかった
腰から折り曲げてるつもりなのに首だけもたげてるみたいな感じになっちゃうし、上半身を下げていくと踵からお尻が浮いてしまう
チラと横目で夫を見たら、宮司さんたちと同様にちゃんと腰から身体を折り曲げていた
何これ、私の身体バグってる…?
腰痛はだんだん良くなってきたものの、根本的に身体が硬すぎるから引き続き接骨院は継続しているんだけど、今日のことで改めて、自分の腰の状態がよくないんだな…と再認識した
祈祷にはちゃんと集中していたんだけど、一方で変なことを再認識してしまった

祈祷が終わってちょうどお昼ごろになったので、お昼ごはんにとパンをたくさん買って帰った
普段からいろんなパン屋さんでパンを買うけど、今日買ったところは特別に美味しくて嬉しかった
強い雨が降っていてだいぶ寒かったので、帰ってから、温かいコーヒーを飲んで美味しいパンを食べるだけで、これまただいぶ嬉しかった
これからも、小さくていいので嬉しいことが降り積もりますように